歯列矯正日記01 青ゴム装着

本日ついに、施術1回目でありました!

噂の青ゴム装着です。

クリーニングをしてもらい(心なしかいつもより念入り。やっぱり矯正すると虫歯になりやすいっていうもんね)、いざ装着。

なにかしらのもの(見えないので)を奥歯の歯間にぐりぐり挟み込まれます。

青ゴム、歯列矯正の段階のなかでいちばん痛いって言う人もいるようなので、すこしドキドキしてたのですが、私は全然痛くなかった。

ぐりぐりされてる時も、装着後も。

違和感はあるけれど、私はたぶん口内になにか入っていることにあまり嫌な感じを覚えないタイプなのか、一日で慣れるなこれは、という感じです。

 

でも、2日目から痛くなる人もいるようなので、ごはんはやわらかさ重視で無理なく。

お夕飯では鶏肉など弾力のあるものを噛み締めるとさすがにズーンと響くので、おうどん。

今は前歯が使えるので噛みちぎれるけれど、この先前歯が使えなくなるとたしかにお粥生活かな〜。

 

そうこうしていたら左奥歯の青ゴムが切れてたので(挟まってはいる)、また明日歯医者さんに電話かな。

 

 

はらだ先生にすっごくはまった話

BL作家のはらだ先生に猛烈にはまりました。

ひと月で単行本はほとんど購入。作者ご本人制作の同人誌も。漫画をこんなに買ったのは、『20世紀少年』以来です。

 

もともと漫画サイトで、2、3年ほど前に『にいちゃん』を読んでいました。

きっかけは、たしか広告で見かけて、絵が好きだなあと思ったから。

BLは私、中学生で卒業していたので(自慢じゃないけどBLがこんなに流行るずっと前に嗜んでおりました。当時一般の子がメールマガジンで小説を配信できるサービスがあってだね……私は好きだった男子アイドルの、夢小説ではなく、やおい小説を読んでいた……でもほんと、そういうところに驚くほど文章と構成力の巧い子がいたものです)、

BLだから読んだのではなく、むしろかなり久しぶりで、でも内容が内容なのでBLであること以前にその重たい表現に衝撃を受けた作品でした。

子どものときに近所のにいちゃんからいたずらされた主人公が、高校生になってそのにいちゃんを探しに行き、再会したときにはにいちゃんは自意識と罪悪感の狭間で思い詰めて病みきっていて……という出だしの話で、

全編通してのしかかるダウナー感がすごくよかった。

背負いながら歩いていく少年たちのお話。

絵がとにかくうまくてきれいで、暗いんだけど乾いていて。

間違うと犯罪の正当化とも取られかねないのでけっこう危ない線をいってる内容だけれど、

読者に大きな問いを投げかける、重大な作品だと思った。

一括りにされたうえで生まれた人間像を、一定の基準で決めつけて

法律は定められているし世間は噂するし報道もおこなわれているけど、

そうじゃないこともあるよなと。人の気持ちって、そういうことじゃないよなと。

使い古された言葉だけど、読み手に傷を残す、そういう作品でした。

それから、半年に一回くらい、イタタタとなるために読み返していました。

 

そして先月。

BL好きな事務所の先輩に(就職しました)、

「これ、好きそうかなと思って」と渡された漫画、それが『よるとあさの歌』『よるとあさの歌 Ec』でした。

本当に……それがすごくよかった!!!!!

『にいちゃん』とは全然違うテンションだけど

キャラクター、心理表現、演出力、台詞、コマ割りカメラワーク、そしてなにより絵、ぜんぶすごくよかった。

『にいちゃん』と『よるあさ』両方読んではじめて、はらださんの表現の巧さに度肝抜かれました。

こう、なんというか、あわいを突くのがうまいというか。

言葉にならないことを、登場人物の表情で伝えるのがものすごく巧い。

そして人間の多層的なところを、丁寧に丁寧に露わにするから、読んでいて、自分の心の弱い部分をぎゅうぎゅう握られている感じがする。

身体的、精神的な暴力シーンが多くて、はらだファンが言うところの「かわいそうでかわいい」っていう見せ方が多く、辛い。痛い。でもそれがめちゃくちゃ癖になる。

 

そのあとまた事務所の先輩に『やたもも』を借りました。

やたももは、全体的に明るくかわいく、ストーリーもわりとシンプルなんだけれど

はらださんの作品はどれも読み返すほどじわじわくるのだよね。

1回目はサラッと、マイルドめねー、と思いながら読んだのだけれど、2回目読んだときにモモがかわいそうでかわいそうで(またでた、かわいそうかわいい)ほんとやたちゃんとのラストのラブシーン泣けた……

 

そして、先輩にご本をお返ししたあと、改めて全巻を購入。最近は暇さえあればはらだ作品を読んでいる。

ワンルームエンジェル』はあまりにも大きなお話で大事にしすぎて逆に繰り返し読めないし、

『カラーレシピ』もほんとお話がよくできてて唸っちゃう。ラストはビリビリきた。

はらださんの描く男の子の後ろ頭が好き。この感覚、誰かに共感してほしいなあ

 

某B術手帖がボーイズラブ特集をしたとき、私は「10年遅いなあ」と思ったけれど、あのときの特集のタイトルが「関係性の表現をひもとく」で、

それは本当にまさしくBLを語るのにぴったりの言葉だと今思う。

BLは、むきだしの、関係性の表現なんだ。

 

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6月30日

転職活動がうまくいかない。

うまくいかないって言っても在職中の去年頭から3社くらいしか受けてないけれど。

手当たりしだい受ける気はないし、好きなところが募集したら受けてみる、果報は寝て待つ、というスタンスでいる。

それにしても、選考中はやっぱり相当気を張るので、先日、コロナで選考が長引いた末の最終面接で落ちたことで疲れてしまい、

もうしばらくフリーランスでいようかなと思い始めている。

私の専門が良くも悪くも強すぎるのか。そういう生き方を選んできたし。

こればっかりは相性とタイミングしかない。

 

ありがたいことに、フリーランスでいるならお願いしたい、と仕事のお声がけをいくつかいただいている。

とりあえず今のところ、来年頭までは忙しくできそう。

もう少し、自分の畑を耕しながら、私の名前にいただいた目の前の仕事に、今まで以上に誠実に向かいたい。

 

自分のまわりのフリーランスの人たちを見ていると、組織の中にいない理由がよくわかる。

組織の中にいて得るものと失うものを天秤にかけて、失うものを守りたいと思っている人たち(文章がおかしいけどこの表現が一番しっくりくる)。

そういう人たちのことを私はとても尊敬するし、私もそういう人間になりたい。

 

ただ、私は前職で本当にたくさんの思いをかかえてしまったので、できれば、信じられる組織に出会いたいと願っている。

不況だし、いい噂はどこからもほとんど聞かないけど、でも、尊敬するリーダーの下でもう少し勉強したい気持ちがある。

専門も広げたいし、組織にいなくては得られない種類の人脈というのは間違いなくある。

会社も人と同じで、良くも悪くも変わっていくし、良いところと悪いところが両方あるものだけど、リーダーが優秀なら組織も悪くないって思いたいんだな(踊る大捜査線、30代になってから観るとほんと心に響く)。

そんな組織に出会えるだろうか。

 

フリーランスでいるならMac買い替えなきゃいけない気がする。

そして確定申告ができる気がしない。

なるようになる。

 

 

最近好きなコスメ

クレドポーボーテ レオスールデクラ 17

ついに買ってしまった。ものすごい透明感。14と迷ったけど、私はかなり色白なので、14だとピンクの色がついちゃう気がして17に。

光が集まって、元気に見える。

前職でよく上司に、「元気な時はお肌ツヤツヤだけど、疲れてくるとマット調になるよね〜」と言われていたけど、

それは疲れて朝化粧するのがどんどん面倒になって、ハイライトを入れるのを省略しているからですよと心の中で思っていた(当時はローラメルシエのバレエピンクを使っていた)。

だからハイライトって大切ね。調子を底上げしてくれるものだと思います。

 

・ビーアイドル つやぷるリップ 無敵テラコッタ

テラコッタリップ欲しいけど、お高いものを買って失敗するのが怖くて、噂のアカリンコスメに手を出した。

そしたらすっっごくかわいかった!!

一回ティッシュオフすると、暗すぎず、でも落ち着いた、キャラメルオレンジ色になります。

夏らしくてかわいい。

マスク生活なのに、なぜか反動でばかすかリップを買っている。

 

フーミー マルチライナー ROSYブラウンパール

マスク生活になってからカラーメイクが楽しい。

アイシャドウをグラデにするのは今あんまり流行ってない感じがするので、小粋なニュアンスのある単色をささっと塗って出掛けるのが素敵。

でも、もうちょっと目の印象をはっきりさせたいなと思っていたところに出会いました。

太めの芯で、ダブルエンドになっており、ぼかしスポンジつき。

上瞼の目尻3分の1と、下瞼の同じく目尻3分の1にひいてぼかすと、本当にちょうどよく目の印象が締まります。

ブラウンの色調が軽やかで、やや暖かい季節に向いている印象かな?

フーミーの色出しって本当に魅力的。お値段がお手頃だからいろんな色に挑戦できるね。

片山健さんの講演会

今年の猫の日は、鎌倉で行われた絵本作家の片山健さんの講演会に行きました。

出版社の港の人主催の、片山令子さんのエッセイ集刊行記念講演です。

片山令子さんは片山健さんの奥様で、『たのしいふゆごもり』など、すばらしい共作でも知られています。

残念ながら片山令子さんは、2018年の春にお亡くなりになられました。

 

ここで私の、片山健ベスト絵本を下記に挙げます(共作含む)。

 

・コッコさんシリーズ (とくに、『おやすみなさい コッコさん』『コッコさんのおみせ』)

・『タンゲくん』

・『やまのかいしゃ』

・『ぼくにきづいたひ』

 

いろいろ好きだし、子どもの頃たくさん読んだけれど、これらがとくに好き。

コッコさんのおかあさんが、ちょっと派手な美人で、片山令子さんそっくりなのです。

そんなところに、今読んでなお、あたたかな気持ちになります。

 

講演会は鎌倉女学院の二階堂学舎で行われました。

講堂は、お話ししている人の背が一面ガラス張りになっている、

緑が明るくて、光の射し込む、とても気持ちのいい空間。

片山健さんのお話を聴くのは初めてだったけれど、片山健さんはとてもおだやかで、チャーミングな、素敵な方でした。

思いつくままあっちこっちに飛んでいくお話も楽しくて、そのうえ講堂のあたたかさも相まって、

一日中ずっとお話を聴いていたい気分になりました。

 

ささめやゆきさんが偶然にも近くにお座りになっていらして、

片山健さんがお話の中で何度も、ささめやゆきさんが素晴らしいとおっしゃるので

最終的にピッと姿勢を正したささめやさんが可愛くて可愛くて、

一部始終を見られた私の席はまさに特等席だった……。

ささめやさんいつもお洒落。

 

講演会が終わってからは、小町通りをすこし入ったところにある、

好きなミルクホールという喫茶店に行きました。

ミルクホールは10年前くらいに、小町通りをうろうろしていたときに偶然見つけた

ささめやさんの絵がたくさん飾られている、ものすごく素敵な喫茶店です。

季節のレモンパフェを食べました。

 

夜、父が持っている片山健さんの画集『迷子の独楽』を見返しました。

『迷子の独楽』は、バルテュス佐伯俊男ポール・デルヴォーを思わせる、とても幻想的でエロティックな画集なのですが

そのテイストは絵本の作風と、そう遠くないように私は感じます。

子ども向け、大人向けというのはとても曖昧で適当な感覚で、

絵本は子どものためにあるわけではないのです。

片山健さんが好きなように表現したものが、私はとても好きだという、

ただそれだけなんだと改めて感じた一日でした。

 

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八本脚の蝶 を読んで

ブログをはじめた理由は先に書いたけれど、それだけではなくて、

河出文庫から最近出た二階堂奥歯著『八本脚の蝶』を読んだことがとても大きい。

 

先週、前職の先輩からとつぜんLINEがきた。

「いま、二階堂奥歯の『八本脚の蝶』を読んでいるんだけど、あなたをとても思い出す」と書いてあって、

そのとき二階堂奥歯という名前も知らなかった私はすぐに書籍概要をチェックして、

翌日のアルバイトのあと、東急百貨店本店丸善ジュンク堂でその本を手に入れた。

 

17年前、25歳で飛び降り自殺によりこの世を去った女の子、二階堂奥歯。職業は編集者。

自分の生きた日数より多くの本を読み、思考し、お洋服や化粧品や香水が大好きな筋金入りの乙女。

本は二部構成で、一部は彼女の日記(ネットで公開していた日記のようで、今もまだ公開されつづけている)。二部は彼女が担当した作家や、恋人や恩師が彼女について短いエッセイを書いている。

 

彼女が呑み込んだ膨大な書物によって彼女自身も深淵なる書物そのものになってしまっていて、

彼女にとって25年は決して短くなかったんだろうなと思う。

本の引用がとても多く、どんな本の虫も、ここまで本の一節を膨大に記憶することはできないんじゃないだろうか。

言語感覚が圧倒的に優れていて、インプットだけでなくアウトプットする力も並外れているから、

編集者としても優秀だったようだけれど、やっぱり作家向きだったんじゃないかな。

 

当時もネット上でカリスマ的人気を誇っていたようだけれど(ニッチなところでだとは思うが)

私も彼女に夢中になってしまった。

先輩が私を思い出す、と言ったのは、奥歯さんの嗜好がまさに私と同じ方向性だということで、

澁澤龍彦矢川澄子、球体人形、児童文学、シュルレアリスムとエロティシズム、宗教学、偏りすぎの乙女的偏愛など、そういうことであろうと思いますが

奥歯さんの知識量と思考量の前では私など恐れ多いばかりです。

奥歯さんが日記をつけてくれていて本当によかった。

奥歯さんの思考の跡を、私もこれから辿りたいと思う。

 

奥歯さんを考えるうえで、どうしても気になる、もしくは邪魔をする、自死を選んだというところだが、

私は自死を選ぶ人(芸術家や作家に限る)は、生きていけないから死ぬというよりも、自殺という行為によって自分の人生を終わらせたい(と他人に認識されたい)という、

かなり俯瞰した美学を貫いた人だと思っている。

矢川澄子とかも、そうだと思っているし。

そして奥歯さんもそうなのかなと思っていたけれど、

最後のほうの日記を読んでいると、本当につらそうで(もはや書物の引用だらけになるのだが、自分の呑み込んできた書物たちのなかから、どうにか生の意味を手繰り寄せてはその細い糸が切れ、またなんとか手繰り寄せては切れ、その繰り返しで、最後プツンと絶えてしまった感)

自死を選んだ、というか、選ばざるを得なかったという感じがした。

仕事が理由なのだろうか。そういう記述もある。そうだとしたら本当に悲しい。

それとも、あれだけ思考した人の行き着く先はもう死しかないのだろうか。

読み終わってから奥歯さんのことをずっと調べているのだけれど、

当時リアルタイムで彼女の日記を見ていた人が、彼女が自死したことを彼女の手で書いた日記が上がって、ついにとうとう、と、悲しみが湧き上がると同時に、言いようのない高揚感が生まれた、というようなことを書いていて、

正直だし残酷だけれど、まさにそれは言い得ていて、

彼女という物語は最高のエンディングを迎えたわけだ。

すでにそこでエンタテインメントになってしまっているし、賢い彼女はそれをわかっていて最後の日記を書いたんだろう。

 

奥歯さんがもし生きていたら、私も出会う機会があったかもしれない。

10歳違いの奥歯さん。「読み手」の先輩として、編集者の先輩として

お友達になれたかもしれない。

と、勝手な想像もしてみる。

 

強烈な本だった。

紙の上でだけど、奥歯さんと出会えてよかった。

私に連絡をくれた先輩と、次に会ったら、奥歯会をしようねと言い合った。楽しみ。

 

後日、銀座の十誡というライブラリースタイルのバーに行ったら、

奥歯さんが何度も好きと書いていた泉鏡花の『外科室』があり、読むことができた。

十誡はたいへん好みであった。一生いられる空間。

パンジーが咲いてるレーズンバターが忘れられないので、また行きたいな。

 

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はじめます

ブログをはじめようと思う。

 

十代〜二十代前半の頃、まさに世間はブログ全盛期で

私も今思うとかなり恥ずかしい内容をつらつら書いていたけれど、

ふと思い立ってその頃のブログを検索したらちゃんとネットの片隅で息をしていて、

恥ずかしい内容なりに、それなりちゃんと内容があったことに感心した。

 

当時、ブログを書くことは当然自分のためで、

思うことを文章にするととてもスッキリした。

自分の日記帳をつくって書いてもいいんだけれど、

誰かが見てくれるかもしれない、という前提でものを書くと

伝わる文章にしたいという意識が働く。

それは、普段なんとなくぼーっとものを考えることに

もうすこしだけいい運動を加えてくれそうな気がする。

 

いい文章が書ける人は魅力的だ。

どんなに短いメールでも、LINEだとしても、

なんてすてきなメッセージ、とうっとりする人がいる。

(といってもLINEでそう思ったことないかも、LINEってチャットみたいで味気ない。

便利ではあるけど、手紙ではない。メールは手紙感残ってる)

べつにすてきなことが書かれているわけでなくても、

にじみでる相手へのあたたかさと、知性とユーモアは、いつものメールのフォントを変えて見せる。

今まで数回、人を好きになったことがあるけれど、

思い返せばいつも文面から好きになったように思う。

たぶん今後もそうだと思う。

 

昨年12月に会社を辞めた。

辞めた理由はまた書きたいけれど、

いまはフリーでお仕事をしたり、すこしだけアルバイトをしたりしている。

フリーでやっていくつもりはまったくなく、ご縁があれば転職活動もしたい。

でも、なにより、自分自身を一度整理したい。

整理をするのに、ブログを活用していきたいと思う。

 

しかし果たして続くだろうか?

もうここまで打つだけで結構大変だった。

Twitterに上げた方が更新する気になるかな?

自分にきちんと課さないと、更新しない気がする。